1999年春に、聴力(難聴)、ことばの障害(遅れ、発音がおかしい等)、発達(心身ともに)、情緒(環境等も含め)、聴覚障害による補聴、訓練(人工内耳、中耳炎等中耳疾患)の総合的な相談が出来るシステムを持っている所が少ないように感じ、気楽にどこでも相談できるようになるまで皆様のお役にたてればとの思いから、きこえとことばの発達について気軽に相談できるホームページの開設を決心し、1999年春から準備をはじめ秋になってようやくサイト運用にこぎつけました。
1996〜1998年頃からの数年来、私にとって、「きこえとことば」は切り離せない問題となり、ここに発達の問題がからみ複雑な様相を各々のことばの遅れている子や難聴児の状態をつくり出していました。しかし、この間の専門家の連携が今ひとつうまくいっていないため、どこに行けば相談できるのかもわからない状況でした。難聴児は聾学校の教育相談があり比較的利用しやすかったのですが、ことばや中等度難聴児、発達の遅れがことばに影響している子どもたちの行き先がほとんどありませんでした。
当時、3歳児健診がスタートしていましたが、残念なことに耳垢、鼻炎、滲出性中耳炎などの疾患を発見することは健診の主旨に反し、ことばの発達の遅れにつながる中等度難聴を見つけ出すことが最重要課題であるという事が周知徹底されていませんでした。また、せっかく検診で早期発見されてもごく軽度な障害のその子たちを受け入れる施設はほとんどありませんでした。
保険センターや保健所は集団での年齢別の教室を持っていましたが、なかなかまかないきれませんでしたし、集団にとけ込めない、個別で大人とのやり取りが精一杯の子どもたちには手がまわらない状況でした。
当時、私は行政にも働きかけましたが、予算の問題と、事の重要性を訴える住民や医療関係者の声も少なかったためか改善されませんでした。
このまま行政の行動を待っていてもいつ改善されるのかという疑問と不安から、私の医院で「きこえ」「ことば」「発達」の相談と「個別訓練」の実施というトータルの場を作ることに決めました。ことばの訓練のための専門スタッフ・検査場所・検査器具などをそろえ、とりあえずスタートしましたが予想どうり、保険点数では採算の取れるものではありませんでした。全くの情熱だけでした。
長い間ことばや発達や聞こえがおかしいと感じた場合、行き場がなく様子を見ようと言う時代が続きました。すべて、様子を見ようということで小学1年まで放置されてきた現実もあります。誤解されて育った子もいます。お母さんは何かおかしいと思いながらも障害という偏見の目が気になり(または現実を受け入れることを拒否し)、積極的な行動を控えさせたのではないかと思いす。
このような状況下でスタートした「きこえ」と「ことば」の発達相談室は、思いがけず開設当初から毎週2〜3件の相談が寄せられました。
(ことばの相談) : (きこえの相談) : (補聴器の相談) の比率は 3 : 1 : 0.1以下 です。
その後、徐々に行政が本腰を入れ始めたこともあり、開設当時と現在ではかなり良い方向へ向かっていると思います。1999年秋以来の6年間は時代とともに着実にこのような個性的な子どもたちへの理解が進み、検査施設が増えたと思います。まだ地域差はありますが、行政(医療機関を含め)のこのような子供たちへの対応は完全とは言えないものの、かなり改善・整備されてきたと思います。
私達のホームページ開設当初の目的である、個別に相談を受け、それに答え、必要な施設紹介等々の情報を提供するという使命はかなり達成されたと感じています。
個別に相談を受けることは2005年末で終了させていただき、2006年からは「きこえとことば発達情報室」として、役立つ情報を提供させていただきます。今後ともよろしくお願い申し上げます。
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