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| ■難聴児に教えられて |
| 安積力也(恵泉女子学園中・高等学校校長) |
安積先生は、以前日本聾話学校の校長先生をされていました。その前には私立敬和学園高等学校の社会科の先生を19年され、平成3年に日本聾話学校に招聘されました。
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★ 「聞える」と「聴き分ける」の違い
問い:NHK金光寿郎ディレクター
―安積先生は、現在は恵泉女学園の中学校と高等学校の校長先生をなさっているわけですが、その前は日本聾話学校と言う難聴児のための学校で教えていらしたそうですね。―
安積先生:聾と言う字は耳が聞こえない事を意味する字で、普通は「聾唖」と続けて書きます。つまり、「耳が聞こえない人は喋る事が出来ない」と言う社会通念があるわけです。「聾話」と言う絞名には、難聴児にも話すと言う可能性があると言う理念が込められています。
私が赴任した当時、聴覚障害児にための学校は全国に107校ありましたが、そのうち、106校は国公立で、たった1つの私立の聾学校が東京町田市にある日本聾話学校でした。赤ちゃんから中学生まで、たった80名ぐらいの生徒しかいない小さな学校なのですが、在校生に共通しているのは、生まれたときから耳に重篤な障害を持っていると言う事、つまり高度難聴児だということです。
日本聾話学校は「聴覚障害児の耳を開く」可能性を徹底して追求している、世界的にも数少ない聾学校です。耳が聞こえないとされている子ども達の中にほんの少し残っている聴力をフルに活用して、聞こえる子に育て、最終的には音声言語を話すことが出来る子どもに成長させると言う可能性を、80年にわたり追求してきました。ですから、手話は教えていません。
問い:―実際赴任されて、どのようなことに気づかれましたか。―
安積先生: それまで、高校の教師をしていた私は(私立敬和学園高等学校の社会化教師)高校生の心の底に届くことばを吐ける教師になりたい、との一心で教育に携わってきました。ですから、私にとってことばと言うのは、自分の存在を賭けたある種の「武器」だったのです。
しかし、日本聾話学校では、その「武器」がそのままでは通用しないわけです。その中で、人間存在にとってことばとは何か、ことばの誕生に「きく」と言う行為がどれほど深く関っているのか、自分は何も分かっていなかったと言う事に気づきました。
「きく」と言う動詞には、通常「聞く」と「聴く」と言う二つの漢字を当てますね。単に音が耳に届いている時には「聞く」と言う字を使いますが、私達は色々な音が同時に「聞こえている」状態の中で、自分にとって大切と思われる音を瞬時に選んで、「聴き分けて」いるのですね。この二つの聞き方の違いは、実は非常に大切な事柄につながっています。
★ 愛の関係性の産物としてのことば
安積先生: 音と言うのは不思議なもので、聞こうとしなければ、その人に取ってその音は存在しません。つまり、「聞こえて」はいても「聴く」事が出来ず、聞き流してしまうのです。「聴く」ためには、“自分にとって大切な音源”がなければなりません。これを人との関りで言うと、本当に大切と思える他者関係がなければ、私達にとって声もことばも“大切な音”とはならないと言う事です。つまり、大切な他者との関係が無ければ、聴く力は育ってこないのです。
このことは、日本聾話学校が追求する教育の可能性と密接なかかわりを持っているのです。他者と言う存在がことばの誕生に本質的に関ってくるということです。
私は三人の子どもに恵まれましたが、妻が赤ちゃんの頃の子ども達を世話する姿が今も目に焼き付いています。
母親と言うものは、赤ちゃんがことばを知らないなんて全然思っていないのですね。「おしっこしたいの?」「おっぱいの時間ね」と、自然に語りかけながら世話をします。
例えば、「お腹がすいた」と言う不快な状態があると、ことばを知らない赤ちゃんは泣くしかありません。すると何処からか「おやおやどうしたの?おっぱいの時間だったわね。ごめんなさい、すぐにあげるわよ。」と言う声が聞こえてきて、やがて、口元に温かい物が現れて、赤ちゃんはそれに吸い付いてぐいぐい飲みます。すると天国にいるようなあったかい気持ちになってお腹が満ちてきて、「いい子ね。いっぱい飲んでよ」と言う声がします。
こういった事が日常的に繰り返されると、赤ちゃんはお母さんの声が聞こえるだけで泣き止む様になります。赤ちゃんの耳には、お父さんの声もお兄ちゃんの声も御客さんの声も全部届いているのですが、その中からたった一つの声を選び分ける事がすでに始まっている分けです。
快い経験と一つの声がマッチングし続けると、その声を聞いただけで一つのイメージが出てくるようになりますが、これはまさに「聴く」ことによって生まれてくる力なのです。赤ちゃんは、その大切な声に対する集中力をどんどん増して行きます。そして、ついに赤ちゃんはある音が意味を持っていると言う事に気づくのですね。これがことばの誕生につながります。
聾話学校の現場で、難聴の子どもがことばを獲得するまでの苦闘を見守りながら、このことばの誕生のプロセスが見えてきたとき、私は本当に感動しました。人間のことばというのは、愛の関係性の産物なのですね。
私達が喋ることが出来るのは、他者から愛された証拠です。愛してくれる他者がいなければ、人間のことばは生まれてこないのです。
★ 親子関係を回復させるための3つの仕事
安積先生: 生まれつきの聴覚障害というのは、一言で言うなら、そのままでは人間の根源的関係である母子関係を断絶させてしまう障害なのです。
今から13年前に日本聾話学校に赴任した時、私は最初に乳幼児部へ見学に行きました。そこには、3歳未満のお子さんと御両親をケアする所なのですが。スタッフと親と子が対面する個別指導室があって、私はその部屋をマジックミラーの裏側から見せてもらったのです。
其処にいたのは、我が子の障害が分かってからまだ1ヶ月も経っておらず、2回目のケアを受けに来たお母さんでした。子どもは1歳を少し過ぎた男の子です。スタッフが「おもちゃを出して、お子さんと一緒に少し遊んでみましょう」と呼びかけると、お母さんはバッグの中から持参した積み木を取り出して子どもの前に置きました。子どもはパッと手を出して、黙々と遊び始めましたが、お母さんの方は声も出せずにじっとしているのです。
その姿を見たとき、私は心臓に針を突き刺されたような痛みを感じました。我が子に声をかけられない母親の姿を見たのは、その時が初めてだったのです。全身で「子どもにかかわりたい」と言う雰囲気は示しておられるのですが、声も手も出ない状態なのですね。エネルギーを溜めている心の器の底がドーンと抜けてしまったような感じで、床に座ったまま呆然と我が子をながめておられました。
我が子の難聴を宣告された親は、子どもに対する語りかけが出来なくなるほどの衝撃を受けるのです。あるお母さんはそのときの気持ちを「突然この子が、私の手の届かない世界に行ってしまいました」と表現していました。過酷な体験だと思います。「私のことばはもう、この子の心には届かない」と思い込んでしまうのです。
残酷なことは、その衝撃の結果として、それまで持っていた我が子に対する「かわいい」と言う気持ちまでが破壊されてしまうことです。つまり、母子関係が断絶してしまうのです。お母さんは、赤ちゃんが生きていくのに必要な最初の“他者”です。難聴は、そのお母さんとの関係が、断ち切られるような所から始まっていく障害と言う事になります。
日本聾話学校の教育において、第一の壁であると同時に絶対に突破しなければならない課題が、この断ち切られた母子関係を回復させる事なのです。乳幼児部のスタッフが、両親ガイダンスと言う形でこの課題を担っています。
問い:―我が子の障害を知った両親をサポートするのは、なかなか大変でしょうね。―
安積先生:スタッフ達はまさに愛と祈りと涙と忍耐の中で、関係性回復を図っていくことになるわけですが、それは一言で言うと、「根拠のある希望を提示し続ける」と言う業なのです。それには大きく言うと3つのポイントがあります。
空念仏を唱えても、お母さん達は受け付けてくれません。病院ではどんなに丁寧に説明されても、ほとんどのお母さん達は「もうこの子の耳は聞こえないのだ」と思い込んでしまうのです。それに対して私達は、まず、第一に、「この子は少しだけれども聞く力を持っているのだ」という“事実”を提供していきます。
と言うのも、聴覚生理学や脳生理学の発達によって、今日では難聴は非常に微細なレベルまで解明されているのです。私達は普通、聴覚障害と聞くと「耳が聞こえない」と単純に思ってしまいますが、生理学的な事実は違います。全く外界の音が聞こえないという生理的条件で生まれてくる子どもは、ほとんどいないのです。大半の子どもは、少しだが聞く条件を残して生まれてくるのです。これを、私達は残存聴力と呼んでいます。
お子さんは「聞こえない子ども」ではなく、「極度の聞こえづらさを持っている子ども」なのだと言う事実を御両親に納得してもらう事が第一歩です。さらに、最近の工学技術の発展はまさに日進月歩で、すばらしい補聴器が作られています。デジタル化され、小型化した補聴器はかなり微細な調整が可能で、その子の聴力に合った形で周波数を増幅させる事が出来ますから、高度難聴児の子どもが音の世界に入る物理的条件はかなり整っているのです。
スタッフが母子関係を回復させるために行なう2つ目の仕事は、お母さんが我が子に対する「可愛さの感覚」を取り戻す手助けをする事です。スタッフは一緒に遊びながら子どもの良さを引き出し、それをお母さんに返していくと言う作業を行います。お母さんが自己回復するためには、これが非常に大事なのです。
スタッフ達は遊びのプロですから、聴覚障害を持った子どもとも楽しく遊ぶ事が出来ます。例えば、子どもがニコッと笑ったら、スタッフは「可愛いえくぼですね!」と言う風に、そばで見ているお母さんに話かけるのです。つまり、子どもに内在する良さを見抜いて、それをお母さんに返していくという作業を続けるわけです。少なくとも1週間に1回は、この様な個別セッション(作業)を持つのですが、毎週この作業をする事によって、我が子を可愛いと思う気持ちが回復してきます。
3つ目の仕事は、これがある意味では一番大事な仕事になるのですが、親としての自信を失って打ちのめされている御両親の中にある「肯定的な面」を見つけて、それを提示して行くと言うことです。先ほど遊んでいる我が子の横で何も出来なかったお母さんの話を紹介しましたが、実は一度だけ体を動かして、子どもを覗き込もうとしたんです。それを見ていたスタッフは、「お母さん、すばらしいですよ。○○ちゃんの顔を覗き込んでいましたね。それでいいんですよ。それを続けていけば、○○ちゃんはいつかお母さんの目を見るようになりますよ」と言って褒めたのです。
発達心理や児童心理の臨床例からわかってきたことですが、子どもが他者と会話が出来るようになるための第一の課題は、他者と目線が合うことなんです。このアイコンタクトの大切さをスタッフ知っていますから、子どもと関われなかったお母さんのちょっとした動き、アイコンタクトが取れる圏内に自分を持っていったと言う行為を捕らえて褒めたのです。
専門性というのは鋭く問題点を指摘することのように普通は考えられていますし、私も心のどこかでそう考えていました。しかし、悪い点は誰にでも見えるんですよね。そうでなく、99%がだめでも0.01%のプラスの部分を見抜く感性、愛と祈りによって支えられた温かい眼差しを持つことが、日本聾話学校のスタッフには求められているのです。このような過程を経ることで、お母さん自己回復し、深く閉じていた心が子どもに向かって開いていきます。
★ 母親が変わると子どもも変わる
問い:―その時点で、お母さん達は「ことばを教えよう」「○○させなければ」と言う姿勢とは無縁の場所に立っているのですね。―
安積先生:実際には、言うほど簡単ではないのです。個人差もありますが、難聴の子ども達がことばを獲得するためには、健常児の何倍もの時間がかかりますから、無理もありません。しかし、ケアを受ける中で、それまで「ことばを教えなければ」「この子には○○させなければ」と言う思い込みを持っていたお母さんが、どこかで変わるんですね。「この子を好きになろう」とか、「この子と一緒に楽しもう」と思えるようになる。そうすると、不思議なことが起こります。
子どもが変わってくるのです。驚くべきことに、表情が変わり、声や笑いが出てきます。そして最後に、意味のあることばが出てくるのです。それを聞いたときの、お母さんの深い深い感動は、この教育の可能性を信じさせてくれるものですし、それは本当に感動的な場面です。
あるお母さんは、こうおっしゃりました。「先生、私が子どもの目線にまで下がっていけばいいんですね。私のほうが融通がきくんですから。そうしたら、この子の表情が柔らかくなったんです。笑顔が出てきたんです。先生、私、うれしい」
これは、私達大人の側が、自らの根本的あり方、子どもに向かう姿勢を変えていくことによって初めて見えてくる世界です。聴くことに徹するお母さんの姿勢が、お子さんを変えた。また、徹して聴くことによってしか育ってこないものがあるのです。これは、大人同士の他者関係にも深く通じることだと思います。
私は日本聾話学校で赤ちゃんから中学生までの発達プロセスを見ていて、人間が自立していく過程には深い順序性があると言うことに気づきました。この順序を間違えると、どこかで歪みが出てきます。発達心理の知見によれば、私達に人格には構造性があるのです。建物に例えると土台にあたる部分は何だと思いますか?それはやる気とか意志の力ではなく、情緒なのです。つまり、最も移ろいやすいものが、人格の土台の位置にあると言うことです。
土台の役割は安定性です。土台が安定していなければ、どんな立派な建物が上に乗ってもぐらぐら揺れて住めません。情緒が安定するためには、喜怒哀楽や憎しみや嫉妬と言うあらゆる人間的な感情を、他者との関係の中で充分に経験する必要があり、その、経験によって情緒は人格の土台として深く培われるのです。幼い頃から思春期に入る前ぐらいまでに、どれだけ豊かに情緒を培っておくかと言うことが、思春期以降の自立にとって非常に大切なのです。
子どもの心の中には、相反する2つの要素があって、1つはいわゆる子どもらしい心、喜怒哀楽を全部出してやりたいことをやると言う心でが、もう一方には「大人に自分を合わせていこう」とする心があります。子どもは、親の愛を勝ち取れなければ生きていけない存在です。ですから、本当は遊びたくても、言うことをきかないとお母さんに叱られてしまうので、気持ちを抑えて、言われたとおりにするわけです。そうすると、一見いい子、親にとって扱いやすい子が育ちます。しかし、そうやって、子どもの中に出来る他者イメージは、不信感に満ちた否定的なものになるのです。
逆に、やりたいことをやって、叱られながらも存在を認めてもらうと言う楽しい親子関係を持った子どもの心には、肯定的な他者イメージが育ちます。そういう子どもには、未知の他者が自分の前にフット出てくると、自分から関わっていき、そこでまた楽しい経験が出来るのです。つまり、未知の世界に対する意欲が出てくるわけで、これがいわゆる自主性の元になります。自主性が育ち、世界をどんどん広げていけば、やがて社会性が育ってきます。色々な異質な他者とも、自分を見失わずに交流することが出来るような力がつくわけです。
親や教師は「早く学力を付けてあげたい」「早くことばを話すようにさせたい」と願うんですけれども、実は順序だてて土台をしっかり作っていく作業を、忍耐を持って続けなければ、無限の知識の獲得やことばの発達に結びつかないのです。
★ 待つことによって花咲くものがある
問い:―聾話学校のスタッフの方たちと同じように、子どもの可能性を発見するまなざしが必要だと言うことですね。―
安積先生:私達はどうしても、現在見えている子どもの姿だけを根拠に色々なことを判断したくなりますが、目の前の子どもと言うにはそれまでの結果に過ぎないのです。現在の子どもだけを見ると、すぐにその子の限界が見えてしまって、「この子はだめだ。もうあきらめるしかない」と思ってしまいがちですが、実は、限界と言うものは子どもの側にあるのではなく、私たち教師や親のまなざしの中にあるのだと思います。私達の洞察力や力量が足りないがゆえに、子どもの中に限界を見てしまうのです。
待つことによって花開くものが、子どもの中でどんどん育っていきます。子どもの中でどんどん育っていきます。子どもには、地中深く眠っている種がジワジワと芽を伸ばしているような時期があるのです。そういう時期に、深く聴き、深く待つという態度で、子どもと関わり続けていけるかどうかが、その後の自立のために本当に大事なポイントになります。
子育てや教育というのは、希望に賭ける行為なのだと思います。あるお母さんが、難聴の我が子と苦闘する中で、うめくようにして漏らしたことばが忘れられません。「私が希望を捨てたら、この子は育ちませんもの」と彼女は言ったのです。目の前の子どもの姿から判断するのではなくて、その子の遠い将来に実現することのために、深い根となるものを与え続けていくことが子育てであり、教育ではないでしょうか。
あらゆる場面で「待つ」と言うことが出来なくなっている今という時代の中で、私達親や教師に一番求められているのは、希望を持って待つと言う業だと思います。安積力也先生の了解を得て掲載させていただきました。
実際の放送内容はもっと長いものです。
・心の時代:『ラジオ深夜便』7月号/NHKサービスセンター より
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